公式は一通り覚えた。典型問題も解けるようになった。解説を読めば「なるほど」と理解できる。それなのに、模試や過去問で初見の問題に向かうと、最初の一本の式が書けない——。難関大・医学部の物理で、多くの受験生がぶつかる壁です。

この壁は、「公式を忘れているから」生じるとは限りません。足りないのはたいてい公式の数ではなく、問題文の状況を「対象・状態・相互作用・条件」へ変換し、使う法則とその理由を確かめてから数式にするという、立式そのものの手順です。裏を返せば、これは才能ではなく後から鍛えられる技能で、自分がどの段階で止まっているかさえ分かれば、次にやることは決まります。以下では、その段階を一つずつ切り分けながら、法則の選び方、図の本当の使い方、今日の演習から試せる練習法まで見ていきます。

この記事の要点
  • 「公式を知っている」ことと「いつ・どの対象に使うか判断できる」ことは別の力である。
  • 立式は、対象系の設定・状態の区別・相互作用の把握・法則の適用条件の確認など、複数の判断の積み重ねでできている。
  • 図は「描けば解ける」ものではなく、対象や相互作用を正しく表した図を自分で構成することに意味がある。
  • 法則は問題の見た目(衝突・斜面)ではなく、成立条件で選ぶ。
  • 自分がどの段階で止まっているかを特定できれば、次にやるべき学習が決まる。

公式を覚えているのに物理の問題が解けない理由

この悩みは、「努力不足」や「センスの欠如」の話とはいったん切り離して考えたいところです。立式できないのは、多くの場合、鍛えれば改善する技能の問題だからです。

「公式を知っている」と「使う条件を判断できる」は別

公式暗記で身につきやすいのは、「ばねなら F=−kx」「衝突なら運動量保存」といった、場面と数式の対応です。ところが実際の立式では、その前に次のような判断が必要になります。何を一つの系とみなすか。どの時刻・状態を扱うか。どの相互作用を式に含めるか。座標軸と正方向をどう取るか。摩擦や抵抗を無視してよい設定か。その法則の成立条件を満たしているか。未知数の数に対して、独立な式が足りているか。

これらは公式集には書かれていません。だからこそ、公式を覚え直したり同じ形式の類題を反復したりしても、原因がここにある限り、初見問題への対応力は伸びにくいのです。

誤解のないように補っておくと、公式暗記そのものが無意味なわけではありません。基本の関係式をすぐ思い出せることは、考えるための頭の余裕(作業記憶)を確保するうえで役立ちます。問題は、暗記した数式が「成立条件」や「対象」から切り離されて、孤立している点にあります。

「斜面だからこの公式」という覚え方の限界

物理教育の古くからの研究では、経験の浅い学習者ほど問題を「斜面」「ばね」「滑車」といった見た目の特徴で分類しやすく、慣れた学習者ほど「運動方程式で扱う問題」「エネルギーで結べる問題」といった、解法を支配する原理で捉えやすいことが報告されています。ただし、これは「できる人は見た目を無視する」という単純な二分法ではありません。後の研究では、両者の差には大きな個人差があり、はっきり二群に分かれるわけではないことも示されています。

ここで受験に引き寄せて言えるのは、「斜面だから mgsinθ」「円運動だから向心力」というキーワード反応が、設定が少し変わった問題や複数分野が混ざった問題でつまずく原因になりやすい、ということです。同じ「斜面」でも、摩擦が加わる、台自体が動く、衝突やばねが絡む、となれば使う法則も座標の取り方も変わります。

やっかいなのは、このキーワード反応が本人にとっては手早く感じられ、うまく回っているあいだは問題点として自覚しにくいことです。教える側から見ていても、初見問題で崩れて初めて「反応で解いていた」と気づく、という順番になりがちです。だから、詰まったときに公式を足すのではなく、まず自分の解き方が反応になっていないかを疑ってほしいところです。

SSS Educationは、医学部・難関大を志望する受験生に向けて、東大理三生を中心とした講師による個別指導や、質問できる自習環境、学習計画の伴走を提供している塾です。物理では「なぜその式を立てたのか」という思考の過程まで一緒に確認する指導を大切にしています。この記事は、その現場で積み重ねてきた考え方を、物理教育研究の知見とあわせてまとめたものです。

問題文を読んでから立式するまでの7つの判断

立式は一発のひらめきではなく、いくつかの判断を順に(ときに行き来しながら)進める作業です。次の7段階は、日々の演習でそのまま使える標準形です。数式を書くのは、この判断が終わってからで構いません

  1. 何が起きているかを把握する。数値を拾う前に、登場する物体・場・回路と、求めたい量を言葉で言い換えます。「小球が斜面を下り、静止した物体に当たって一体になる」といった具合です。
  2. 対象とする物体・系を決める。運動方程式は「現象全体」ではなく、選んだ対象に立てます。何を一つの系に含めるかで、内力と外力の区別が変わります。
  3. 状態・時刻・区間を分ける。衝突の直前と直後、ばねに触れる前と最大圧縮時、スイッチ投入直後と十分時間後——異なる時刻の量を一つの式に混ぜないよう、状態にラベルをつけます。
  4. 相互作用を整理する。「公式から思い出す力」ではなく、その物体が何と接し、何から力を受けているかを列挙します。
  5. 座標軸と正方向を決める。先に軸を決めておくと、ベクトルの符号が統一され、負の答えが出たときも「仮定と逆向き」と解釈できます。
  6. 近似・理想化・拘束条件を読み取る。「なめらか」「軽い糸」「ゆっくり」「小さな振れ」は飾りではなく、モデルを指定する言葉です。それぞれが式から何を消し、何を残すかを判断します。
  7. 使う法則と、その理由を決める。ここで初めて「運動量保存を使う。衝突時間が短く、外力の力積を無視できるから」と根拠つきで選びます。

大事なのは、この7段階を毎回ぎっしり書くことではありません。慣れれば頭の中で圧縮できます。目的は、立式に失敗したとき、「どの段階でつまずいたか」を自分で特定できるようになることです。「なんとなく解けない」を、具体的な診断項目に分解するための道具だと考えるとよいでしょう。

物理で図を描く本当の目的

「物理はとにかく図を描け」とよく言われます。ただ、図は描きさえすれば得点が上がる万能薬ではありません。電磁気の問題を使った研究では、解答に役立つ情報を自分で書き込んだ図を描いた学生ほど成績が高い一方で、完成した図を与えられた学生が、状況分析を飛ばして式操作に進み、かえって成績を落とした可能性も報告されています。

つまり効くのは「紙の上に図があること」ではなく、図を作る過程で、対象・相互作用・初期状態・終状態を分析することです。図に最低限入れたいのは、対象物または系の境界、座標軸と正方向、初期・途中・終の状態、力や速度などのベクトルとその向き、糸の長さや角度といった拘束関係、そして変化する量と一定の量です。

状況図と自由体図は役割が違う

この二つを混ぜると立式が崩れます。状況図は物体の配置・接触・運動方向・状態の移り変わりを表すもの。自由体図は、一つの対象物体に外部から働く力だけを描くものです。次のような描き方は避けます。

  • 物体が進む向きに「進む力」を描き足す(運動方向に力があるとは限りません)。
  • 作用・反作用の二力を、同じ一つの物体の図に描く(この二力は別々の物体に働きます)。
  • 向心力を、重力や張力とは別の「新しい力」として追加する(向心力は中心方向の合力を指す言葉で、独立した力ではありません)。

この三つは、いずれも「分かっているつもり」で描き飛ばしやすい点です。実際の指導でも、力の向きそのものより、力の作用主体を書かずに済ませていることが詰まりの入り口になっていることが少なくありません。

図を描いても解けないときの確認点

図を描いたのに式が立たないなら、たいてい「絵は描けているが、物理的な関係が符号化されていない」状態です。力の作用主体(何が及ぼす力か)をラベルで書けているか、初期状態と終状態を一枚に混在させていないか、力と速度を同じ線で描いていないか——この三点を見直すと、詰まりの多くは解けます。

どの法則を使うか迷ったときの判断基準

受験生が最も長く止まるのが「どの法則を使えばいいのか」という選択です。ここは勘ではなく、成立条件で絞ります。下の表は、力学を中心とした代表的な判断軸です。

法則 使いやすい場面 確認すべき条件
運動方程式 力や加速度、張力・垂直抗力など個別の力を求めたいとき。各瞬間の運動を追いたいとき。 慣性系か。対象物体と、そこに働く外力を明確にしたか。
力学的エネルギーの関係 二つの状態の速さと位置を結びたいとき。時間や経路を直接問わないとき。 摩擦・抵抗など非保存力の仕事を無視できるか、または別項で扱えるか。
運動量の関係 衝突・分裂・合体など、短時間の相互作用の前後を結びたいとき。 選んだ系への外力の力積を、その方向について無視できるか。
状態方程式+熱力学第一法則 気体の圧力・体積・温度の関係や、熱・仕事・内部エネルギーの収支を扱うとき。 理想気体とみなせるか。どの過程(等温・定圧・定積・断熱)か。
キルヒホッフの法則 複数の電源や素子を含む回路の電流・電圧を求めたいとき。 節点と閉回路を設定し、電流の仮の正方向を統一したか。過渡状態か定常状態か。

この表は「時間を問わないなら必ずエネルギー」といった機械的な決定木ではありません。同じ問題が複数の法則で解けることもあります。ポイントは、法則名を書く前に「どの系について」「どの区間で」「なぜその法則が使えるのか」を一言で言えるかどうかです。

実際に相談を受けていても、迷っているのは公式の知識ではなく、この「なぜ使えるのか」を言葉にできるかどうかで止まっている、というケースが目立ちます。表を暗記するより、一問ごとにこの一言を声に出すほうが、法則選択は安定します。

難しい問題は、区間ごとに使う法則が変わる

難関大の問題では、現象全体に一つの法則を最後まで当てるのではなく、条件が変わる箇所で区間を分け、それぞれに合った法則を選び直す必要があります。よくある失敗は、力学的エネルギー保存だけで一気に解こうとして、途中の衝突で行き詰まることです。

たとえば「斜面を滑った物体が、別の物体と衝突し、その後ばねを圧縮する」という問題は、次のように分けて考えます。

  • 斜面を滑る区間:摩擦がなければ、力学的エネルギーの関係で速さを求める。
  • 衝突の瞬間:衝突時間が短く外力の力積を無視できるなら、運動量の関係で直後の速度を求める。ここでは(非弾性衝突なら)力学的エネルギーは保存しない点に注意。
  • ばねを圧縮する区間:摩擦がなければ、再び力学的エネルギーの関係で最大圧縮量などを求める。

これは「公式を複数覚える」話ではなく、区間ごとに支配する条件が変わるから、モデルと法則を切り替えるという発想です。前の区間で求めた値を、次の区間の初期条件として受け渡していく——この接続を意識すると、融合問題の見通しが立ちやすくなります。

立式力を鍛える5つの練習法

理屈はここまでで十分に見えてきました。難しいのは、これを毎日の演習に落とし込むことです。以下は今日から取り入れられる具体策で、すべてを一度にやる必要はありません。自分の詰まりやすい段階から始めてください。

  1. 公式ノートを「数式一覧」から「適用条件一覧」に変える。各法則について、数式だけでなく、記号が何を表すか、どの対象・状態に使うか、成立条件、使えない反例、代表的な検算方法をひと組で書きます。復習では、数式を隠して「どの条件なら使えるか」を先に言えるか確認します。
  2. 数式を書く前に「対象・区間・条件・法則・理由」を書く。たった数行で構いません。「対象:衝突する二物体全体/区間:直前から直後/条件:外力の力積を無視/法則:運動量の関係/理由:内力は系全体で相殺」のように書けば、間違えたとき、法則の知識ではなくどの判断段階で誤ったかが見えます。
  3. 例題を「理由つき」で読む。解説をなぞり書きするだけでは、法則を選ぶ練習になりません。各式について「何について立てたか」「なぜこの法則か」「なぜこの項が消えるか」を自分の言葉で説明します。そのうえで解説を閉じ、図と方針だけから立式を再現してみます。
  4. 見た目が違って原理が同じ問題を比べる。斜面を滑る物体・振り子・ばねに押される物体・電場中を動く荷電粒子を「エネルギーで二状態を結ぶ」という共通の型で並べる。逆に、弾性衝突・完全非弾性衝突・分裂のように、見た目が近くて条件が違うものも比べる。物体名ではなく適用条件で見分ける練習になります。
  5. 誤答を「立式前の段階」まで分解する。「計算ミス」で終わらせず、状況理解・対象系・状態区分・図・相互作用・座標や符号・近似条件・法則選択・数式化・計算・検算のどこで最初に破綻したかを記録します。同じ段階の誤りが続くなら、そこを重点的に練習します。

「立式だけで止めて計算しない」練習は、短時間で多くの法則選択に触れられる利点があります。ただしこれだけに偏ると、連立が閉じない・近似が必要・場合分けが要るといった「立式後の壁」を見落とします。時間を計った完全解答と組み合わせてください。

立式のあとに確認したい検証ポイント

立った式を計算に進める前に、一度立ち止まって妥当性を確かめる習慣は、それ自体が立式力の一部です。次のうち二つか三つを毎回使うだけでも、誤りを自分で見つけられるようになります。

  • 次元・単位:両辺の次元が一致しているか。cmとm、gとkg、℃とKなどが混ざっていないか。
  • 符号・向き:仮定した正方向と結果の符号が一致するか。負の値が「仮定と逆向き」を意味していないか。
  • 極限:質量を無限大に、摩擦係数や抵抗を0に、角度を0にしたとき、直感に合う結果になるか。
  • 初期条件・グラフ:時刻や位置に初期値を代入して、初期状態を再現するか。式から予想される傾き・面積・漸近値が妥当か。

ただし、次元が合っていても式が正しいとは限りません。検算は誤りを見つけるための必要条件であって、正しさを保証する十分条件ではない、という点は押さえておきたいところです。

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それでも立式できないときに確認すること

ここまでの手順を試しても改善しないときは、次の点を見直します。そもそも定義や基本法則の理解が抜けていないか。自分の描いた図や選んだ法則が正しいか、判定できる相手がいるか。同じ種類の立式ミスを繰り返していないか。原因の分析をしないまま、問題集の冊数だけを増やしていないか

とくに、「自分の図や法則選択が正しいかを、自分では判断できない」という壁は独学で越えにくいものです。解説を読めば理解できるのに再現できない、毎回同じ箇所で止まるがなぜ止まるのか分類できない、という状態が数週間続くなら、演習量を足すより先に、思考の過程を見てもらえる環境を用意するほうが近道になることがあります。

SSS Educationの個別指導では、答案の正誤だけでなく、問題を読んだ直後に何を考え、どんな図を描き、なぜその法則を選んだのかという過程そのものを一緒に確認します。手元を映せる指導や、東大理三生を中心とした講師にその場で質問できる自習環境もあり、対面・オンラインのどちらでも利用できます。「どの判断段階で止まっているか」を外から診断してもらうことで、次にやるべきことが具体的になります。

保護者の方へ。お子さまの伸び悩みは、必ずしも「演習量不足」や「努力不足」ではありません。実際には、問題文の条件の読み落としや、図の描き方の段階で止まっていることも少なくありません。解き方を教えるより、「どこで手が止まったか」を一緒に確認する姿勢のほうが、立式力の改善につながりやすいと考えています。

難関大の物理で立式できないのは、「物理のセンス」という一語で片づける問題ではありません。慣れた人が一瞬で見抜く力の多くは、公式を対象・条件・理由と結びつけて蓄えた知識の構造から来ています。次の一問では、式を書く前に「何について、どの区間で、なぜその法則を使うのか」を一行だけ書いてみてください。そこが、立式力を鍛える出発点になります。

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